東京都荒川区の田村正彦さん(78)への戦争体験インタビューで、
太平洋戦時下、初めてアメリカから空襲を受けたのが東京であったことを知りました。

東京の空襲といえば、多くの人が戦争末期の「東京大空襲」を思い浮かべると思いますが、
日本の本土が、アメリカ軍による空襲を初めて受けたのは、
1941年12月の真珠湾攻撃から約4カ月後の1942年4月18日正午過ぎ。
この日、最も早く空襲を受けたのは荒川区尾久地域
(旧尾久8丁目・9丁目付近で現在の尾久橋付近)でした。

開戦まもないこの時期に空襲が、しかも首都東京にあったのに、
なぜこの事実がほとんど知られていないのか(いなかったのか)?

「当時の日本では初空襲を受けたことを話せば法律で罰せられた」田村さんは語ります。

けれど、戦争から50年、60年を経つうちに、

「自分たちがいなくなったとき、この事実が『なかったこと』になってしまうことだけは避けなければいけないと思った」

そうです。

今回の事実はおろか、東京大空襲が「死亡・行方不明者は10万人以上、
単独の空襲による犠牲者数は世界史上最大」だったということも当初は知らなかった自分。

昨今の政治に対して、いろいろな意見が出ています。人の数だけ考えもあっても良いと思うけど、

「『歴史を知らない』でこの国のこと、そしてもっと身近な自分とそのまわりのことを判断することは、大人としてあってはならない」

そう感じました。

「戦争の記憶」の取材を始めてもうすぐ1年。
僕たちや子どもたちが「未来を考える」きっかけとなるよう
(もちろん体験者の思いも残せるよう)、これからも地道に取材を続けていきたいと思います。

■戦争の記憶 WEBサイト

 

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