2016年のしごと始めは、福山(広島)。
かつて世界最大の戦艦と呼ばれた「大和」の乗組員だった八杉康夫さん(87歳)にインタビューに行ってきました。

 

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八杉さんはいまからちょうど71年前の1945年の1月、大和の乗組員に15歳で抜擢。同年4月に沖縄特攻で撃沈されるも奇跡的に生還された方です。

 

彼の証言はどれも「イメージ」をはるかに上回る壮絶なものでしたが、特に大和が撃沈された後、4時間を泳ぎ救出されるまでの体験は圧巻。そんな彼のインタビューは今後「戦争の記憶」でアップしますが、今日シェアしたいのは彼を「生かした」考え方。

 

それは、「(どんな状況にあっても)絶対に生き延びろ」という海軍の教えでした。

 

八杉さんはもともと陸軍養成学校に通っていましたが、「天皇陛下の御為に、死を恐れるな」という教えに疑問を持ち、なんと自主退学。しかも当時の彼は中学生の年齢。IQ160を超える超優等生だっただけに、学校の先生や生徒はなんで辞めちゃうの?と信じられない様子だったといいます。

 

教育の多様化が進む現代ですら、中学を退学するということはなかなかないのに、多くの少年が「お国のために命をささげる」ことを(本意はもちろん別として)いとわなかった時代に、15歳の少年が自らの頭で出したこの選択。すごい、のひとことです。

 

そんな飛び込んだ八杉さんが次に飛び込んだ海軍で何度も言われたのが前述の「生きろ」という教えだったそうです。

 

多くの人が戦争にかり出され、不安にくらす日常のなか、「死を恐れるな」ということばと「何があっても生きぬけ」ということばをそれぞれ毎日繰り返されたら果たしてどちらが生き残る可能性が高いか。

 

そんなことを深く考えさせられました。

 

また同時に、なぜ陸軍は「死ぬこと」をベースに、海軍は「生きること」をベースに教えたのか。八杉さんをもってしても理由は分からないと言います。これが両軍のトップの考え方の違いなのか。これについては、今後の課題として調べていきたいと思います。

 

ともあれ、多くの人が右を向いていても、疑問に思ったら立ち止まってみる。自分の頭で考えることを大切にして考え抜いた答えが左だったら、勇気を出して左に進んでみる。

 

これは僕らの日常生活や仕事にも言えることではないでしょうか!?

 

八杉さんのインタビューを終えて、そんなことを考えさせられました。

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