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成都、上海、台北、九份、ロンドン、メルボルン、バイロンベイ、シドニー、バンコク、サムイ島、ホーチミン、ハノイ……ここ数カ月で飛行機に何回乗ったか自分でもわからない。なにせ、毎月世界人に直接各国でインタビューする企画をはじめてしまったのだから、当然といえば当然なのだが。

けれど、ここだけの話、僕はつい数年前まで大の飛行機嫌いだった。東京ー北海道の片道約1時間のフライトで、死にそうになるくらい。フライト前には「ああ、神様」と祈り、フライト中は何も手に付かずにただ深呼吸(手にはイヤな汗がじっとり)、着陸後には「機長、あなたに直接お礼が言いたい!」という感じ。僕にとっては、飛行機は「基本的に落ちるはず」と信じて疑わないものだった。

そんな僕が当時、「俺は世界に出る!」といっても、まわりの人間は「無理でしょ!」と思っていたことは想像に難くない。

僕はずっと「世界」に対してコンプレックスを持っていた。原因はプロサッカー選手になれなかったこと。少年時代の僕の夢は2002年のW杯に日本代表として出場し、その後欧州に移籍することだった。こう書くとと恥ずかしいのだけれど、本気でそう思っていた。

あれから十数年、僕はそういう意味では不完全燃焼のままだったのだ。そんな僕に、新たに「世界」を見せてくれたのがインタビューだった。たくさんの縁に恵まれ、日本で何十、何百人という面白い人に会っていくうちに、僕は思った。あれ、ひょっとしたらこのまま「会う」ことを続けていけば、いつか世界をフィールドにインタビューできるのでは? 何の根拠も、自信もないのに、僕はそう思ってしまったのだ。

大いなる勘違いとは怖いもので、僕はその時(確か3,4年前)から、「世界へ出たい」欲求を抑えきれなくなった。が、そこに立ちはだかったのが件の飛行機恐怖症だった。事の発端は、2001年の同時多発テロだった。当時僕は大学生。世界貿易センタービルに旅客機が突っ込むあの映像を見た数日後、僕はタイに貧乏旅行に行くことになった。それ以前のフライト歴は高校の修学旅行で行った韓国のみ(当時は全く怖くなかった)。

もともと超がつくほど心配性の僕は、セキュリティちゃんとしてくれよと、成田で素人ながらに思ったことを覚えている。そして乗った飛行機。不運にも、悪天候でバンコクまでの5時間半、最初から最後まで乱気流!客室乗務員は、ほぼずっとベルト着用しっぱなし、という状況だった。そしてバンコクからの帰りもやっぱり悪天候(苦笑)。東京の上空で2時間旋回するという悲惨な事態を味わった。

トラウマとは怖いもので、僕にとってはこれがスタンダードとなってすり込まれてしまった。だからそれ以来、飛行機をずっと避け続けてきた。たとえば横浜から広島に行くときも、「飛行機の方が安いよ!」「飛行機の方が楽じゃない?」と周囲からいわれても、「新幹線の方が移動時間は長いけど、行きも帰りも中心地のターミナル駅に直結。飛行機は羽田まで電車で出なきゃいけないし、広島についてからも空港から市街地までは離れている。だから、トータルの時間や楽さは新幹線に軍配」と得意げに言っていた。が、本当はたんに怖かっただけである(苦笑)

ああ、このまま俺の「世界」は、妄想で終わってしまうのか……。常々スティーブ・ジョブズのように死から逆算して生きている(笑)僕は、なんとかして世界に出たいけど、飛行機には乗りたくない。という乗り越えがたい壁を乗り越えようともがいた。

まず思いついたのは、そもそも飛行機に乗らないこと。そう、船と陸路で行くことである。かつてサッカーのオランダ代表にベルカンプというスタープレイヤーががいたが、彼も超がつくほどの飛行機嫌い。欧州内の試合や遠征もすべて自分だけは、陸路で行き来していたと聞いていた。だから、俺も、と思った。

だが、まずは船で韓国や中国に入って、そこから鉄道で、バスで、というのはあまりに非効率だ。たっぷり時間があるバックパッカーが、一生に何度かトライするくらいならいいかもしれないが。それにベルカンプのようなスターではない僕が、毎回陸路をとっていたらそれはもう、ダサい(笑)そして、毎月1人のインタビューを世界各国でやろうと思ったら……おそらく日本に戻ってきて別の仕事をしたり、遊んだりする時間はないのでは?と、シンプルだがあたりまえのことに気付いた。ということで、ボツ。

次は、飛行機恐怖症の人のための本を読むこと。数少ないが、この手の本がアマゾンで見つかった。翻訳書から日本人が書いたものまで。飛行機が落ちる可能性は数十万分の一、自動車事故より可能性が低い……そんな確率論があったが、これはおそらく飛行機恐怖症の人には解決策にならない気がする。心配性なぼくらにとっては、何十万分の一の一が今日この日に起こるのでは?と思ってしまうのだから。本には、呼吸法や瞑想、何かに没頭してみるなどさまざまなアドバイスがご丁寧にかかれていたが、どれも気休めに過ぎない気がした。で、ボツ。

ここまでくると、僕も意地になってくる。かくなる上は神頼み、ならぬスピリチュアル頼み。インタビューの仕事をしているとありがたいのは、ほんとうに様々な業界のトップランナーにお目にかかれること。そのご縁で、ある前世療法のヒーラーをご紹介いただいた。正直、受けることに戸惑ったが、背に腹はかえられない。僕は飛び込んだ。その結果……僕は、前世では特攻隊だったらしい。

がーん(泣)

ヒーラーさんいわく、だからあなたはその時の記憶がそのまま今世でも混在してしまっていて、「飛行機は落ちるもの」という観念が固定されてしまっている。と。これは、ある意味とても腑に落ちた。でも、どうすればいいんだろう……最後にくれたアドバイスは、こう。

大丈夫、あなたは必ず近いうちに克服できるから。とにかく自分を信じましょう。

とはいうものの、明確な対処法をもらえなかった僕は、なんだかモヤモヤ……。そんなときに誘われたのが、僕の大切なメンターのひとりと行くアメリカ西海岸の旅だった。これはいよいよ逃げられなくなった。僕は覚悟した。もう、日本には二度と帰ってこられないかもしれないと。それはまさに富士急ハイランドのFUJIYAMAの頂点にかけあがっていく気分(笑)

が、しかしこうなったら飛び込むしかない。慣れるしかない!羽田空港からサンフランシスコへのフライトは確か10時間前後。ぼくはとなりに座るメンターとの会話に没頭(している振り)し続けた。もちろん、今回も乱気流にはまりっぱなし。揺れた揺れた。一睡もできなかったことはいうまでもない。

すっかり憔悴しきった僕をよそに一行の次なる目的地は、グランドキャニオン。しかも、ラスベガス経由でという。お!とテンションがあがったが、メンターのことばに次の瞬間ぼくは耳を疑った。

「セスナでいこう」

え?

「セスナでいこう」

え、マジですか!?セスナといえば、飛行機嫌いではなくても、多くの人が怖いと思う代名詞ではないか。さすがに僕は、恥も外聞も捨てて、拒否しようかと思った。でも、幸か不幸かここで、僕にはいつも声が聞こえてくる。このまま世界を自由に飛び回る人生と、世界に出たかったなあ、と年老いてから後悔する人生。どっちがいいのか?

これはもうやるしかない。覚悟を決めてぼくらがのったセスナはグランドキャニオンへ飛び立った。ほんとうに怖かったけれど。

そして離陸、上空を飛行。

あれ。おかしい。

いやセスナではなく、僕が。

怖くない。

そう、全く怖くないのだ。東京ー北海道の片道1時間で死におびえていた僕が。セスナから見えるアメリカの広大な土地はまさに絶景。最高の気分だった。僕は自分自身が信じられなくなった。

実に爽快!1時間のフライトは本当に楽しかった。そうか、これは操縦士の人がピカイチだったんだ!疑い深い僕はそう思った。が、別の操縦士(おそらく若手)さんになったラスベガスへの帰りのフライトもこれまた快適。ただただ景色を楽しむ僕がそこにいた。

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なぜ怖くなかったのか。セスナと旅客機の違いはなにか。

あ。

僕は気付いた。

セスナは操縦士の顔がはっきりと見えるのだ。僕は、もともとなんでも完璧に自分がコントロールできないといダメなタイプだった(もちろんそんなことが無理なのは分かっていたが)。

そんな僕だから、「顔が見えない」誰かに、命を預ける旅客機にのれるはずがない。会ったことがない医師に、勝手に麻酔を打たれて手術をされるようなものだったのだ、ぼくにとっては。それにくらべて、セスナは操縦士の顔も見えるし、会話もできる。距離も近い。だから、なんだか安心できる。そう思ったことに気付いた。もちろん、落ち着いて考えるとそのセスナには副操縦士はいないし、確率論的には旅客機よりも安全性は劣るのかもしれない。でも、そんなことは僕にとってはどうでもよかった。大切なのは、確率論やデータよりも、自分で気付いたこと。悟ったことだった。

ここから僕は変わった。たしかに今後も旅客機では、顔が見えないだれかに命を預け続けなければならない。でも、それはもう絶対に変えられないこと。自分ではコントロールできないこと。自分でプライベートジェットを買って、操縦でもしない限り。

だったら、もう受け入れよう。全部任せよう。それに落ち着いて考えたら、今まで自分が乗った飛行機が一度でも落ちたことがあるだろうか。一回もないよね。だから、落ちる可能性は0%。

と自分的確率論を確立することに成功してしまったのだ。数学的には非合理的なのかもしれないが。

そんな風に自分が心から「納得」すると不思議や不思議。思い切ってはじめた海外取材をこなすうちに(一回の旅で10回以上はフライトしています、たぶん)、あれほど怖かった飛行機がだんだん怖くなくなってきた。しかも、ほとんど揺れない(気がする)。欧州までのロングフライトでも。ぼくはかつて、飛行機はかならず激しい乱気流に巻き込まれるモノと思っていたけど、「たまたま運悪く」だったことに気がついた。そして慣れてしまうと、「たまたま運悪く」乱気流に巻き込まれてしまっても「あ、たまたま運悪く」なんだなあと、俯瞰できるようになった。そして気付くと飛行機でアイデアを練ったり、くつろげるようになった自分がいた。最近ではアジア圏のフライトだと、時間が短すぎて「映画を見る時間がない!」「ゆっくり寝られない!」と逆の意味での不満すら持つようになってしまったのだから、自分でも驚きだ。

人は変われる。

青臭い言葉だとどこかで思っていたが、

ちょっとした気づきとちょっとした勇気があれば、きっと。
一般論や統計にはあまり左右されない方がいい。

30代を過ぎた僕は、そのことを深く実感している。

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