僕の職業はプロインタビュアー。自分自身が持つポッドキャストというパーソナル音声メディアを使って、有名無名問わず国内外で面白い!と思う人に話を聞き、それをさまざまな方法で世の中に伝える仕事だ。

よく初対面の人にこう話すと「さぞ優秀なキャリアをお持ちのことでしょう」と言われるが、残念ながら僕のキャリアは決して人に誇れるべきものではない。けれどそんな僕がなぜ、会いたい人に会い続け、彼らと仕事を一緒にするようになったのか。毎月のように世界を飛び回るようになったのか。

それは、つらく、苦しい、あの20代の経験を通じて、「会う力」のすごさに気付いたからだった。

■どん底の新聞記者時代

夢はプロサッカー選手になって2002年の日韓W杯に出場すること。中・高校時代は「今よりもっと(選手として)成長するためにはどうしたらいいか?」。全国の猛者が集まるサッカー進学校でそんなことを四六時中考えていた。夢はかなわなかったが、「常に自分を高めていきたい」という意識がこのとき養われたように思う。

そんな僕が就職先に選んだのはある新聞社だった。いろいろな場所に行き、いろいろな人に会って話を聞くことで、自分の価値観を広げられると考えたからだ。自分の足で稼いだ情報を伝えることで、一人でも多くの人に役立てるのでは─そう思っていた。希望に満ちた22歳の春。僕は生まれ育った横浜を離れ、新聞社がある広島へ旅立った。

こうして社会人生活をスタートさせた僕は、報道記者として「イメージ通りの激務」に奔走する毎日。そんななか、ほどなくして体を壊し入院を余儀なくされることとなる。幸い大事にはいたらず、早期復帰したものの、なぜか激しく気分が落ち込む毎日。サッカーで培った精神力と体力には自信があっただけに「こんな状況は簡単に乗り越えられる」。頭ではそう考えた。しかし裏腹に、堕ちていく毎日。八方ふさがりとなった僕は、知人のすすめで心療内科を受診。くだされた診断は、「うつ」だった。その後、通院したものの、復職と休職の繰り返し。自ら命を絶つ人の気持ちが初めてわかった時期だった。

■本に救われた人生

1年後。僕は、新聞社を辞めるという苦渋の決断をすることに。そんな中、救ってくれたのは、本の存在だった。著者はいわゆる「起業家」で、そこには彼がこれまでどんな苦労をして、どのように乗り越えたのか、そしてどれだけ多くの人に支えられてきたかがつづられていた。ひとつひとつの言葉に重みがあり、説得力があった。僕は自然と勇気づけられていった。

これを機に、僕は起業家や経営者の自伝をむさぼるように読んだ。そして半年が経った頃だっただろうか。いくら心療内科に通っても改善されなかったうつが、いつのまにか治っていたのだった。医学的にみれば、読書をしたから治ったわけではないかもしれない。でも、生きるエネルギーを僕に与えてくれたのは紛れもない事実だった。

「自分以外の誰かの生き様や考え方に触れることで、人は変われたり、前に進めるようになる」

そのことを確信した僕は、「自分と同様の体験を一人でも多くの人にしてもらいたい」漠然とだが、そう考えるようになった。

■ターニングポイントは自分へのインタビュー

しかし、事は簡単には運ばなかった。それから数年間、僕は編集プロダクションや広告代理店で働きながら、自分に何ができるのかを問い続けていた。けれど、多忙な日々に忙殺され、まったくアイデアがわかない。先が見えない毎日に焦っていた。まもなく28歳になろうとしていた。

そんな悶々としたなかで迎えた五月の晴れた朝。僕は始業前に必ず立ち寄るカフェにいた。いつものラテに、いつもの店員、いつもの常連客。そんななか、僕だけは「いつも通り」とはいかなかった。追い詰められていた。

このままじゃ死ぬときに絶対後悔する。こんな人生でいいのか────。

当時、会社員だった僕は毎日深夜まで働くもノルマ未達で年々減俸……このままでは解雇というダメ社員だった。状況を打開したいけれど、自分には、人脈も知識も実績も資金も自信もアイデアもない。八方ふさがりの状態に、すべてをあきらめそうになっていた。かつて救われたあの自伝本たちをどれだけ読んでも、あらたな自己啓発書やビジネス書をどれだけ読んでも、いくら講演会やセミナーに行っても事態はまるで変わらない。こんなにも自分と人生を変えたいと思っているのに……。

精神的に追い込まれた僕は、全く味のしないラテをすすりながら、無意識で自身に問いかけていた。

Q 死ぬときに後悔しないのは、どんな人生だろう?
A 自分が最も好きなことがライフワークになり、人の役にも立つ人生。

Q じゃあ、何の制約もないとしたら、自分が本当にワクワクすることは何だろう?
A 大好きな「インタビュー」「ラジオ」をライフワークにしたい。

この時の自分への「インタビュー」がターニングポイントになった。こうして僕は各界の賢人たちにインタビューするポッドキャスト「キクタス」を始めた。

自分が一番深いところまで問うたうえで出した答えなのでとにかく楽しい毎日。とはいえ、当時の僕には先のことなんて全く考えられなかった。しかしそれから半年が過ぎる頃、ある変化が訪れる。いつの間にか「起業したい」と思うようになっていたのだった。

理由は明快だった。どん底から奇跡の復活を遂げた経営者、フリーター経験もある直木賞作家、20代にして世界で活躍しているアーティスト……僕は誰よりも濃い人生を送ってきた人たちに毎週のように「会う」ことで、インスピレーションとモチベーションを受け続けていた。本や講演会ではなく、目の前にいる彼らから「直接」。

Q なぜ起業したのですか?
Q 大失敗をしたとき、どのように乗り越えましたか?
Q 人生でいちばん大切にしていることはなんですか?
Q 「好きを仕事」にするためにはどうすればいいですか?
Q 「人生を変えた一冊」は何ですか?

彼らから紡ぎ出されるひとつひとつの答えは、どれも魂に響くものばかりだった。ひとりひとりが一生に一度会えるか会えないか。まさに一期一会の人たち。

僕は直感した。こんな自分でも、さまざまな人に会い続け、キクタスをじっくりと育てていけば、インタビューした人や世の中に役立ちながら、最高にエキサイティングな人生を送れるかもしれない─。

あれから7年。知名度も実績もなく、遮二無二走り続けてきただけの僕が、500人以上のトップランナーに取材できたのも、毎月のように世界を飛び回れるようになったのも、あの直感を信じて、0から「会う力」を磨き、ポッドキャストを「会うための飛び道具」として使い続けてきたからだと思う。

これまでインタビューに快く応じてくださった全ての方、応援し続けてくれる方々のためにも、これからも地味に地道に「人」と「世界」に会い続け、ネットではなく人と世界から直接つかんだ「人生を変えるヒント」をお届けしていきたいと思います。

適宜、「会う力」の養い方についても書いていきたいと思います。

あなたがいま、一番会いたい人はだれですか?

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