【エッセイVol.024】与うるは受くるより
4年ぶりにコシノジュンコさんにインタビューをした。
場所は前回同様、南青山のジュンココシノ本社ビル最上階。今回は新刊『56の大丈夫』(世界文化社)について。装丁には真っ黒な背景に赤く大丈夫の三文字。なのにおどろおどろしく感じないのは、黒=コシノさん。赤=コシノさんのあたたかさのイメージがこれまでのお付き合いのなかで刻み込まれているからだろうか。

早川洋平エッセイ〈24〉
与うるは受くるより
4年ぶりにコシノジュンコさんにインタビューをした。
場所は前回同様、南青山のジュンココシノ本社ビル最上階。今回は新刊『56の大丈夫』(世界文化社)について。装丁には真っ黒な背景に赤く大丈夫の三文字。なのにおどろおどろしく感じないのは、黒=コシノさん。赤=コシノさんのあたたかさのイメージがこれまでのお付き合いのなかで刻み込まれているからだろうか。
そんな期待と安心感に包まれつつ、本書のページを繰ると、「すべてがセンス」「流行にとらわれない」「策は無限にある」「やればできる。しかし本気でやる」……目と心を惹くフレーズがファッションショーのように次々と躍り出てくる。
最も印象的だったのは、「美しいものはひとをポジティブにする」という一節。
マイナーなものにひきずられるより、気持ちのよいものを見ることのほうが重要だと思います。そのためには、美しいものに敏感になる必要がありますね。私は、暗い事件とかマイナーな情報にはわざと鈍感になるようにしています。美しいものに興味があったほうが幸せだし、優雅に生きていかれるし、成功すると思うから
以上『56の大丈夫』より引用
印象に残った理由は二つある。一つは「コシノさん自身が最近最も美しいと感じたものは何だろう」というシンプルな問いだ。そのまま彼女にぶつけると、「そうねえ」と言いながら、ふと外の景色に目をやる。「雪かしら」。この日の東京は数年ぶりの大雪。
「まさか、朝の時点でここまで降るとは思わなかったじゃない。こうした予想もしなかったなかから生まれる自然が織りなすものって美しいわ」
確かビル最上階の中庭に降り積もっていく銀色の粉は映画『シザーハンズ』のラストシーンを見ているかのようだった。
「過去美しいと感じたものがいまも美しいと感じるとは限らない。それよりも『いま』美しいと思っている感情は間違いないものでしょう?」
「美しいものに敏感になる」とはこういうことか。これをいつも続けていれば、逆説的だけどコシノさんがいう「暗い事件とかマイナーな情報」にも気を囚われにくくなるかもしれない。そして美しいものだけでなく、目の前にあるさまざま機会や感謝に気付く感性も自ずと磨かれるような気もする。そんな毎日を当たり前のように毎日毎日繰り返してきたからこそ、常に彼女はファッションという時の流れの激しい業界にあっても、時代を超えて一線に立ち続けてきたのではないだろうか。
そして前述の一節が気になったふたつ目の理由。それは最後の「美しいものに興味があったほうが幸せだし、優雅に生きていかれるし、成功すると思うから」でいう、「成功の定義」だ。
単刀直入に彼女にたずねると、「人に喜んでもらえることね」と即答。
「どんなにお金があってもこれがないと全く意味がない。自分がつくった何かがきっかけで誰かの笑顔を呼び起こす。これほどうれしいことはないし、ずっとそれだけを考えてきた」
インタビューが終わると、「すごく楽しかった。また必ず対談しましょうね」と優しく語りかけてくれるコシノさん。そして、「あ、これ持っていって。今日焼き上がったばかりのものなのよ」とお気に入りの高級食パンをお土産に渡してくれる。さらに「あなたお子さんいたわよね」と。かわいい虎のフィギュアが乗っかった鏡餅のプレゼントまで……本当に彼女は、人を喜ばせたくてたまらない人なんだなと心底思う。そして最後に彼女が「お母ちゃん(「コシノ3姉妹」を育て上げ、自らも晩年デザイナーとして活躍した母の故・小篠綾子さん)からの遺言だったのよ」と話してくれた言葉を思い出した。
「与うるは受くるより幸いなり」
さあ、今年はみなさんにどれだけ喜んでもらえるか。ぼくもがんばります(了)