【エッセイVol.002】父からのアドバイス
「独立して2年。事業がなかなかうまくいかず迷いや不安が消えません。早川さんはこれまでどのようにやってきましたか」
ある番組でリスナー男性からこんな質問をもらった。ぼくも起業家の端くれ。同じような思いをたくさんしてきただけに、彼の気持ちがよくわかる。人に誇れるようなストーリーはないけれど、せめて反面教師にしてもらえたらと起業前後に思いを馳せてみる。
エッセイ<02>
父からのアドバイス
「独立して2年。事業がなかなかうまくいかず迷いや不安が消えません。早川さんはこれまでどのようにやってきましたか」
ある番組でリスナー男性からこんな質問をもらった。ぼくも起業家の端くれ。同じような思いをたくさんしてきただけに、彼の気持ちがよくわかる。人に誇れるようなストーリーはないけれど、せめて反面教師にしてもらえたらと起業前後に思いを馳せてみる。
ふりかえれば、大学卒業後入社した会社はどこも3年とつとまらず転職の繰り返し。独立というより、社会から逃げるようにドロップアウトしたぼくが、この12年何とかやってこられたのはなぜだろう。それはもう、数え切れない人たちに助けられてきたからにほかならない。なかでも大きかったのは起業数カ月後に父からもらったアドバイスだった。
「金がないなら頭を使え。頭がないなら汗をかけ」
父は元編集者。三十数年間にわたり大手出版社で雑誌の編集やデジタルコンテンツの企画制作などを手がけたのち独立していた。親子だけに当初は気恥ずかしさもあったが、せっかく目の前に「先輩」がいるのだからもったいない──そう思い、たびたびする相談のなかでもらったのが前述のことばだった。
当時のぼくは金なし、人脈なし、実績なし、知識なし、自信なし。文字通りゼロから完全に見切り発車して路頭に迷いかけていた頃だった。そんなぼくを見て、「起業当初は『ないない尽くし』は当たり前。でもそれを言い訳にしたら何も進まない。だから頭を使うんだ。アイデアを出すんだ。それでもダメなら汗をかくんだ」と父は言った。
このままで終わってたまるか──発奮したぼくは「著者にインタビューするポッドキャスト番組」というアイデアをだけを片手に、企画、アポ取り、取材、収録、編集、配信……全てにがむしゃらに取り組んだ。そもそも実績も知名度もないのだから、まずアポが全くとれない。だから必死に相手のことを調べ、どんなテーマなら会ってもらえるのか。ない知恵を振り絞り数え切れないほどの「ラブレター」を出した。ようやく実現したインタビューに全身全霊を注いだ。とても先のことを考える余裕などなかった。
でも、ありがたいもので自分のように特別な才や学がない人間でも信念を持って続けていると、それを評価してくれる人がいるもの。ある日を境に「お金を出すから番組をつくってくれないか」とインタビュー相手から頻繁に声がかかるようになった。期せずして始まったインタビュアー兼プロデューサーの仕事だったが、とにかく遮二無二取り組んだ。
起業3年目を迎える頃、ようやくぼくは何とかこの仕事で「食べられる」ようになっていた。幸運にも依頼はその後もどんどん舞い込んできていた。だがインタビュアー兼プロデューサーとして全てを担っていたぼくのキャパシティがついに限界を超える。依頼を断るかだれかに手伝ってもらうか。悩んだ末、インタビュー、収録、編集、配信をそれぞれのプロにお願いし、ぼくはプロデュースに注力する道を選んだ。
社会人がろくに務まらなかった自分がだれかにお金を払ってやっていけるのか。正直不安は尽きなかったけれど、ありがたいことに実にいい仲間に恵まれた。ただ、もしぼくが「ひとり起業家」時代に番組の全工程を経験して(汗をかいて)こなかったら正直すぐに頓挫していただろうとも思う。でもそれぞれを「プレイヤー」として経験していたから、どこに注力すべきか、どこに気をつけるべきかが細部までわかった。だから、各担当者への依頼からその後の関係づくりまで自分でも驚くほどスムーズに進んだ。おかげでぼくたちは数十の番組を同時にプロデュースするチームをつくることができた。これがキクタスの実質のスタートだった。
こうして優秀なメンバーたちに支えられ、「頭」を使って新たなプロジェクトの構想や、各事業に関わる人がどうしたらより良く働けるかを考えられる(いたらないところばかりだけれど)ようになった。ただ、ぼくの場合文字通り頭だけで考えてしまうと、自己中心になりすぎたり、視野が狭くなったりしがち。仕事には他者が必ず関わっているし、各人その時々の心身のコンディションもある。それは数字や理論だけでは測りきれない。そんなとき、「心」もいっしょに使わないと結果的にうまくいかないことが多かった。こう書くと当たり前のことかもしれないけれど、徳がないぼくにはこれが難しく、これまで本当にたくさんの人に苦労と迷惑をかけてきてしまった。だから、ぼくにとっての「頭を使う」には、心も含まれるのだ。
汗をかく。お金を使う。頭を使う。改めていま思うことが二つある。
一つは、これらは独立したものではなく、どれも密接に繋がっているということ。何かの仕事で汗をかいた結果、お金が得られる。そのお金をどう使うか頭(と心)で考える。何かを始めるときはまず自分でやってみる(汗をかく)。よりクオリティを上げたり、時間をつくったりしたい場合はだれかに助けてもらう(お金を使う)。お世話になっている人や仲間をねぎらう(汗をかく、お金をを使う)……。
もう一つ思うこと。それは「頭を使う」のがキモだなということ。頭でっかちは良くないけれど、お金をいかに使うか、汗をいかにかくかもまず徹底的に考えるべきだと思う(特にぼくのようにすぐ動き出してしまう人間には)。
かくしてぼくは起業来、どんなに忙しくても(忙しいからこそ)毎週末には2時間とって「考える時間」に取り組んでいる。そうしないと怖くて翌週を迎えられないから。
「金がないなら頭を使え。頭がないなら汗をかけ」
12年前に父からもらったアドバイスを100%実行できているか自信はない。けれど、あの言葉のおかげでいまの自分があるのは間違いない。
勇気を出して質問してくれたリスナーさん、ありがとうございました。少しでもお役に立てていたら幸いです。(了)