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ここは上海。人口は2400万人にものぼる中国最大の経済・貿易の中心地。同国最大の港湾であるのみならず、コンテナ取扱量ではシンガポールや香港を凌ぎ世界1位だ。

 

 

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それだけに、この都市にはさまざまなチャンスを求めて、世界から人々がやってくる。ことビジネスにおいてその傾向は顕著で、グローバル企業のエース級が送り込まれることもめずらしくない。サッカーにたとえればここは、各国の代表が戦うW杯の舞台ともいえるかもしれない。

 

 

ビジネスの猛者達がしのぎを削る場ということもあってか、根っからの仕事人間「ではない」僕には、この街は日本よりもずいぶん寒く感じられる。まさに凍てつくような感じ。

 

 

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そんな上海に、僕がどうしても会いたかったひとりの日本人がいた。インタビューを申し込んだのは、彼が「海外で活躍する日本人」像を根底から覆すかたちで、世界へ飛び出したからだ。

 

 

日本ではなかなかやりたいことが実現できなかった。自分の居場所が見つけられなかった……どちらかというと、そんな「苦しみ」の現状を打破すべく海を渡った人が、これまでの僕の取材歴では少なくなかった。

 

 

が、彼は違った。

 

 

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向井蘭。1975年山形県生まれ、弁護士。

 

 

僕がひかれた最大の理由は、彼がすでに日本で大きな成功をおさめていたこと。弁護士本業はもちろん、それに関する著書も持ち、講演も多数。格差が広がりつつあるといわれる日本の弁護士の世界では、間違いなく「勝ち組」だった。

 

 

では、なぜそんな安定を捨ててまで、世界の猛者が集う弱肉強食の地に飛び込んだのか。

 

 

「このまま日本で20年、30年過ごしたら人間的にダメになってしまう、そう思ったんです」

 

 

日本では、みなが先生、先生とあがめる日々だった。弁護士としての「先生」。講演会では講師の「先生」。本を書いたら著者としての「先生」。

 

 

いつも、どこでも「先生」だった。

 

 

まもなく40歳を迎えようとしてた向井は、「ぬるま湯」の世界につかり続ける自分と未来が耐えられなかった。そんな彼が「自分を最も成長させられる」ことを基準に選んだのが「ビジネスのW杯」の舞台である上海だった。

 

 

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2014年に上海に降り立った向井は、現地の会計事務所と提携して中国の労働問題を扱っていた。日本国内ですら多くの弁護士がやりたがらない労働問題に、異国で取り組む向井。きっかけのひとつは、ニュースで見た反日デモだった。

 

 

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「ちょうど新しい分野を開拓したいと思っていたときに、尖閣問題が起きました。中国のあちこちで反日デモが起きていて、現地の日系企業がそのあおりを食らうこともあった。それを見たときに、あ、これは仕事にできるかもしれないって思ったんです。当時、中国で労働問題を扱う弁護士はほとんどいなかったですから」

 

 

詳細は音声マガジン「COSMOPOLITAN」最新号Vol.22に詳しいが、ぼくは今回のインタビューから、自分を更新(ライフアップデート)するための大きなヒントを二つ得た。

 

 

ひとつは、

 

 

■現状に甘んじることなく、「未来」を見据えて準備・挑戦すること(=「先生」からの脱却)

 

 

もうひとつは、

 

 

■ネガティブ・ピンチと多くの人がとらえ、それだけで「思考停止」してしまう事態をチャンスと捉える姿勢(=多くの人が避ける労働問題/反日デモ)

 

 

だ。

 

 

2015年師走。世界を揺るがすネガティブなニュースが後を絶たないが、こんな時こそ、さあどうするか。自分のクリエイティビティを発揮する好機ととらえよう。

 

 

向井とのインタビューを振り返りながら、そんなことを考えている。

 

 

▼向井蘭さんインタビューダイジェストin上海

 

 

 

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