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7月からはじめたメルマガ『小説家と過ごす日曜日』には、小説家の石田衣良さんに直接質問ができる人生相談コーナーがあるのだが、今日配信の10号にはこんな質問と回答があった。僕が提唱する「会う力」に相通ずる部分があったので、一連のQ&Aをここで紹介したい。

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▼Q.8▼
42歳の女性です。以前石田さんが「私は一切人見知りをしない、誰とでもしゃべれる」と言っていたのが衝撃的でした。そんな風に我が子を育てたいと思っていたからです。遺伝、家庭環境、学校生活、いくつか要因があると思いますが石田さんの人格形成にどんなものの影響が大きかったとお考えでしょうか。

【衣良さんの回答】
なんでしょうね。人間関係に関して言うと、やっぱり数多くこなすと、相手を見る目とか、受け取る余裕みたいなのが伸びるよね。なので、たくさんの人に会うといいんじゃないですかね。誰に会っても、「この人本当におもしろいな」と思ってみる。その感じを大人になってつかめるとすごく楽になると思いますね。

とにかく、人間って「それぞれが与えられた状況の中で、自分なりにベストを尽くしてこの形に出来上がった、こういう作品なんだ」って思わない? 一つの芸術作品だとすると、それはやっぱり足りないところも、失敗しているところもあるけれど、「それで一つの作品なんだ。素晴らしいな」ってところもあるじゃないですか。なので全体像として、ちゃんと見てあげるって言うのが大事なような気がしますね。

みんな最初に「この人は良い」「これはダメ」っていうふうに、簡単に決めすぎていると思うんです。でもそこいたるまでに30年から40年、時に70年から80年の時間をかけて作り上げてきた作品だというふうに見ると、なかなかおもしろいし、味があるじゃないですか。なんかそういう目を持って見てほしいなぁ。自分とセンスが合わない人はもう駄目で話ができないとか、自分と趣味が合わない人はもう駄目だみたいなことが多すぎるので。でも、そういう人に限ってちょっとセンスが合うと、ダーッと猛烈に自分の話をしだしたりするじゃないですか。ああいうバランスの悪さっていうのはちょっと問題だよね。

それこそインタビューや取材、合コン、あるいはテレビのコメンテーターみたいな仕事でも全部に似ていると思いますね。要はその場合に何が大事なのかというと、自分が色をつけて返すっていうことなんだよね。「ある人間」という鏡みたいなのがあって、そこに物事を反射させると「この人にとっては、世界はこういう風に映るんだ」という変換作業ができるじゃないですか。その変換作業の時に自分なりの色をつけるということなんですよね。要するに、人間がおもしろいのは、フィルターとして、ルーペとしてどういう風に世界を映すかというところなんです。

ーーーーーーーーー石田衣良「小説家と過ごす日曜日」第10号より抜粋ーーーーーーー

このQ&Aを読んで感じたのは、コミュニケーションにおいて「慣れ」の力はとても大きいということ。そして、慣れていくなかではじめて、人は「自分らしさ」を出せるようになっていくということだ。

百人規模の公開収録や講演会を終えると、参加者の方から「早川さんは人前に出ても、動じない強いメンタリティをお持ちですね」と褒めていただくことが少なからずあるが、僕はもともとは超がつくほどの緊張しいで人見知りだ。

自分のポッドキャスト番組「キクマガ」の配信スタート時は、とても人に公開できるレベルのインタビューではなかったと思う。質問を子どもの買い物メモのように箇条書きにして、ぷるぷる震えながらひとつひとつ順番に聞いていたことを今でも鮮明に覚えている(出演くださったゲストの方には本当に申し訳ない限りです)。

「あいつは質問が下手すぎる!」「インタビュアー交代!」となんどネット上でたたかれたことだろう。もうやめようかとくじけそうになったことも何度もあったっけ。

けれど、面白いのが人間の慣れ。こんな僕でも、賢人と呼ばれる人々との対峙を10回、30回……と続けるうちに、質問メモは「参考程度」になってきて、目の前の相手に集中できるようになってくる。そればかりか、相手の発言に対して、自分が感じたことやさらに深く掘り下げて聞きたいことを臆せず伝えられるようになってくる。こうした経験を積むことで、どんなに相手が著名な人でも「同じ人間なんだ」ということが体感覚でわかるようになってくるからおもしろい。

想像してみよう。もし、自分が毎週のように、テレビに出ているような「だれか」と直接1対1でディスカッションする状況になったら。それが1年、2年、3年と続いたら……。程度の差こそあれ、だれもが「会う」という非日常が日常に変わり、「慣れ」ていくと思わないだろうか。そして相手がどんなに著名でも、「会う」ことのスタート時と「会う」経験を積んだあとでは、自分の想いや考えを臆せずに伝えられる度合いには、天と地ほどあることだろう。

これは、衣良さんがいう「いろいろな物事に対して自分の色をつけて返す」ことにも相通ずると感じる。

慣れというと、一見少々ネガティブな語感があるが、「会う」ことへの慣れ、もっというと「会う力」を磨くことは、僕らを緊張しいから開放してくれるだけでなく、自分が知らなかった全く新しい世界に導いてくれることにつながる。そして、培ったメンタリティは、自分の想いや意見を臆せずに伝えることに大きく役立つ。

いまでこそ、こんなに偉そうに談笑している僕だけど、

9年前に衣良さんにはじめて取材したときは、前日の夜は緊張でほとんど眠れなかったのを覚えている。

どんな相手にも、どんなフィールドでも臆せず「自分らしさ」を出せるようになりたい──

そんな人にとって、まずひとりだれかと「会ってみる」こと、そして「会い続けていく」ことは、シンプルだが、中長期的に見れば効果絶大な自分アップデート術になると思う。

相手は著名人でなくてももちろん大丈夫。フィールドもリアルでなくて、オンラインからのスタートでも大丈夫。

改めて会う力の大切さに気付かせてくれた、石田衣良さんに感謝。

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